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仙台高等裁判所 昭和34年(ネ)32号 判決 1960年2月26日

控訴人(原告) 島津郷太

被控訴人(被告) 山形県公安委員会

原審 山形地方昭和三二年(行)第一三号(例集九巻一二号243参照)

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人が昭和三二年一〇月一七日付をもつて控訴人に対してなした昭和三二年一一月一二日から昭和三三年一月二〇日までの七〇日間自動車の運転免許を停止する旨の処分はこれを取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用および認否は、控訴代理人において、

(一)  「山形県公安委員会の事務処理に関する規程」(昭和三二年五月二八日同委員会規程第一号)第二条の規定は、道路交通取締法第九条に違反して無効であるから、右規程第二条にもとずいてなされた本件行政処分は取り消されるべきものである。

(二)  仮りに右規程第二条が有効であるとしても、「運転免許等の取消停止又は必要な処分を行う場合における基準等を定める総理府令」(昭和二八年総理府令第七五号)の別表第一第一号表および別表第二は、道路交通取締法第九条に定める公開による聴聞を行う場合たると否とを問わず、いやしくも公安委員会が運転免許の停止処分をなす場合の基準となるものであつて、運転免許停止処分は右基準の範囲内においてのみ許されるべきものであるから、これを逸脱してなされた本件運転免許停止処分は違法であつて取り消されるべきものである。

(三)  原判決三枚目表九行目から同一三行目までの(1)の主張を撤回し、次のとおり主張する。即ち、(1)(イ)本件のような運転免許停止処分を受けた者は、後日事故を惹起した場合、前記総理府令第八条により前の処分が加重原因となつて不利益な制裁処分を受けることとなるし、(ロ)また右処分を受けたことにより、その者の就職等についても不利益な取扱を受けることは免れがたいところであるから、被処分者たる控訴人は、運転免許停止期間経過後の今日でも、右停止処分の取消を訴求する利益を有する。と述べ、

被控訴代理人において、

控訴人主張の(三)の(1)の(イ)のようなことはあり得るかもしれないが、その余の控訴人の前記主張事実は全部否認する。と述べ、

控訴代理人において、当審における控訴人本人尋問の結果を援用し、乙第三、四号証の成立を認め、被控訴代理人において、乙第三、四号証を提出したほかは、原判決の事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

理由

一、被控訴人は、本件訴はその利益を欠くから却下されるべきであると主張するので、先ずこの点につき判断する。

およそ、免許を得て自動車の運転に従事する者は、これを反覆継続して行うことを通常とするから、後日再び運転免許の停止等の処分を受けるべき事態が発生しないものと限られたものでないことはいうまでもないことである。ところで、控訴人が本訴において取消しを求める行政処分は、控訴人に対し昭和三二年一一月一二日から昭和三三年一月二〇日までの七〇日間自動車運転免許を停止するというのであつて、既に運転免許の停止期間が経過したことは明らかであるが、「運転免許等の取消、停止又は必要な処分を行う場合における基準等を定める総理府令」(昭和二八年総理府令第七五号)第八条は、「情状によつて処分を加重する必要があると認めるときは、別表第一に定める期間をこえて免許の停止処分をすることができる。」旨を規定するから、被控訴人においても争わないとおり、前に処分を受けてからさして期間を経過していない時においては、前に免許の停止処分を受けたことが、右法条にいう情状として免許の停止処分の加重原因となり得るものであることは明らかである。而して、本件運転免許停止処分の期間が満了したのが、昭和三三年一月二〇日であることさきに認定したとおりであるから、同日から二年を経過したにすぎない今日においては、同処分が前記総理府令第八条の情状として免許の停止処分の加重原因となり得るものと解するのが相当である。してみると、控訴人は、右法令にもとずいてなされ得る不利益処分を免れるために、さきになされた本件行政処分の取消しを求める法律上の利益を有すると解するのが相当である。

よつて被控訴人の右主張は理由がない。

二、それで、本案につき判断する。

(一)  控訴人がかねて普通自動車運転免許を得ていたところ、被控訴人が控訴人に対し控訴人主張のような自動車運転免許停止処分をしたことは、当事者間に争いがない。

(二)  控訴人は、本件処分は、山形県警察本部長が被控訴人の委任を受けたとして被控訴人の名をもつてこれをなしたものであるが、このような委任は許されないから、右処分は違法である。また、「山形県公安委員会の事務処理に関する規程」第二条は、道路交通取締法第九条に違反して無効であるから、同法条にもとずいてなされた本件行政処分は違法であると主張する。

ところで、道路交通取締法第九条は、公安委員会は、運転免許を受けた者が故意過失により交通事故を起したときは、運転免許を停止することができると規定するが、警察法第三八条は、都道府県公安委員会は、その権限に属する事務に関し、法令又は条例の特別の委員会に基いて、都道府県公安委員会規則を制定することができる旨を、また同法第四五条は、この法律に定めるものの外、都道府県公安委員会の運営に関し必要な事項は、都道府県公安委員会が定めると規定し、これに基いて、山形県公安委員会は、控訴人主張の規程(昭和三二年五月二八日山形県公安委員会規程一号)を制定したのであつて、同規程第二条は、道路交通取締法第九条第五項の規定による運転免許の停止(聴聞を必要としない場合のみ)については、警察本部長限りで処理することができる。警察本部長は右の事務について必要があるときは、所属職員に当該事務を代決処理させることができる。警察本部長は、以上の規定により処理した事務については、次の会議において委員会に報告しなければならない旨を規定した。この規定は、右によつて明らかなとおり法令に基いて適法に定められたものであることは明らかであり、前記道路交通取締法第九条の規定は、その趣旨において必ずしも運転免許停止処分の全部を公安委員会をして自ら行わなければならないものとしたものではなく、その一部を警察本部長をして専決処理させることを禁じたものとは解されない。そして右規程第二条の規定を如上の各法令に照して考察すれば、同条は道路交通取締法第九条に違反したものということができず、したがつて、同条の規定にもとずいて山形県警察本部長が被控訴人の委任を受けたとしてその名においてなした本件運転免許停止処分を違法ということはできない。

よつて、控訴人の右主張は理由がない。

(三)  控訴人は、本件運転免許停止処分を受けるべき理由がないと主張する。

(1)  成立に争いのない甲第一号証、同第二号証の二、原審証人高橋末雄、山川市郎の各証言、原審並びに当審における控訴人本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く)に弁論の全趣旨を総合すれば、本件運転免許停止処分は、控訴人が、昭和三二年九月九日午後一時三〇分頃、貨物自動車を運転して山形県東置賜郡高畠町大字二井宿俗称駄子部落路上を進行中、過失により交通事故を起し、そのため人に傷害を与えたこと、右事故を起しながらこれを所轄警察署の警察官に報告せず現場を去ることについて警察官の指示を受けることをしなかつたことを理由として、されたものであることを認めることができる。

(2)  控訴人が貨物自動車を運転して進行中、前記日時、場所において、リヤカーをひいて歩行していた萩原やのを追い越そうとした際、控訴人の運転する自動車とやののリヤカーとが接触してリヤカーが反転するとともにやのもその場に転倒し、そのため同人が全治二週間を要する負傷をしたことについては当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第二号証の二ないし六、八、九、原審証人萩原やの、仙田くに、菅原金之助の各証言、原審並びに当審における控訴人本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く)および原審における検証の結果を綜合すれば、控訴人が過失によつて本件交通事故を起したことについて、原判決が認定したと同一の事実が認められるから、この点に関する原判決の理由の記載をここに引用する。右認定に反する甲第二号証の七、原審証人大浦宏一、黒田陽一の各証言の一部および原審並びに当審における控訴人本人尋問の結果の一部は前記の各証拠に照して措信できないし、他に以上の認定を覆すに足りる証拠はない。

そうすれば、右事故の発生について控訴人に過失がなかつたとの主張は理由がなく、同事故が道路交通取締法第九条第五項によつて運転免許停止処分の事由となり得るものであることは明らかである。

(3)  前記甲第二号証の二、五、原審証人島津富男、萩原ハナ、高橋末雄、山川市郎の各証言を綜合すれば、控訴人が本件交通事故を起したことを知りながらこれを所轄警察署の警察官に報告せず、現場を去ることについて警察官の指示を受けなかつたこと控訴人が事故の発生を警察官に報告すべきことと定められていることを知つていたことについて、原判決が認定したと同一の事実が認められるから、この点に関する原判決の理由の記載をここに引用する。

右事実によれば、被控訴人は道路交通取締法第二四条第一項、同法施行令第六七条第二項に違反したものというべく、これは同法第九条第五項、同法施行令第五九条第一項第一号、昭和二八年総理府令第七五号第四条第二号の運転免許停止処分の原因たる事由に該当すること明白である。

(四)  控訴人は、本件処分は、被控訴人が具体的事情を調査せず、控訴人に弁解の機会を与えず、所轄警察署長から警察本部長宛の悪感情をもつてなされた報告書のみにもとずいて一方的になされたものであつて、違法であると主張する。

被控訴人が本件処分をなすに際し公開による聴聞の手続をふまなかつたことは弁論の全趣旨に徴して明らかであるが、原審証人高橋末雄の証言によれば、山形県公安委員会においては九〇日未満の自動車運転免許停止処分をなすについては公開による聴聞の手続を必要としないことと定めていることを認めることができるから、公開による聴聞によつて控訴人に弁解の機会を与えなかつたからといつてこれを違法とすることはできないものと考える。本件行政処分をなすに先だつて控訴人に同処分を行うについて弁解の機会を与えたことを認めるべき証拠はないが、かかる機会を与えなければならないものとする法令上の根拠はない。しかのみならず、控訴人は本件処分を受ける以前に司法警察員に本件交通事故について取調を受け、司法警察員のなした実況見分に立ち会つて(甲第二号証の三、五)弁解の機会を得ている訳であるから、本件処分に際し改めて必ず弁解の機会が与えられなければならないものとは解されない。前顕証人高橋末雄、山川市郎、菅原金之助の各証言、甲第二号証の一ないし九によれば、本件処分は所轄赤湯警察署長から山形県警察本部長に送付された自動車等の運転者行政処分報告書、司法警察員作成の実況見分調書、控訴人、本件貨物自動車に同乗していた大浦宏一および黒田陽一、本件事故による被害者萩原やのの司法警察員に対する各供述調書、萩原やのに対する診断書等の書類や右警察本部から赤湯警察署に対する電話照会等にもとずいてなされたものであり、控訴人の主張するように単に報告書のみによつてなされたものではないことが認められる。もつとも、前記甲第二号証の二の報告書中の行政処分に対する意見の欄には、控訴人は部落で最も横着なもので信用がなく、金持のため物事を解決している。本件交通事故についても警察並びに被害者に対して何等悪いとは考えていない。厳重処分されたい旨、また、運転者たる控訴人の性行等の欄に、控訴人は横着で附近のものから批難を受けている旨それぞれ記載されているがそのため本件処分が特に重くなつたものと認めるべき特段の事情は認められない。従つて、被控訴人が具体的事情を調査せず、かつ被控訴人に弁解の機会を与えないで一方的に本件処分をなしたとする控訴人の右主張は採用できない。

(五)  控訴人は、本件七〇日間の運転免許停止処分は、昭和二八年総理府令第七五号「運転免許等の取消、停止又は必要な処分を行う場合における基準等を定める総理府令」に定める基準を逸脱してなされたものであるから、違法であると主張する。しかしながら、本件処分の理由は前記のとおり控訴人が過失により自動車によつて交通事故を起し人に傷害を与えたことおよび道路交通取締法第二四条第一項、同法施行令第六七条第二項に違反したことであつて、前者については前記総理府令第五条によつて、後者については同年第四条第二号によつてそれぞれ運転免許の停止の期間が定められており、これによれば、後者については三〇日以上の停止をなすることができることになつている(公開による聴聞を行わない場合は九〇日未満でなければならない。)から、本件処分はこのことからだけみてもその基準内においてなされていることが明らかである。(同令第七条は処分の併合について規定するから、本件処分が同条を適用してなされたものとすれば、いよいよもつて基準の範囲内でなされたことが明白である。)よつて被控訴人の右主張は採用できない。

(六)  控訴人は、本件七〇日間の運転免許停止処分は重きに失すると主張する。しかしながら、本件については三〇日以上の運転免許の停止処分をなすことができる(ただし、本件は公開による聴聞を行わない場合であるから、九〇日未満でなければならない。)こととなつていること前認定のとおりであるところ、本件にあらわれた全資料を斟酌しても本件処分が重きに失したものとは認められないから、進んで判断を加えるまでもなく、控訴人の主張は採用できない。

(七)  控訴人は、本件処分は、控訴人に対する起訴、不起訴の刑事上の処分が未決定のうちになされているから、違法であると主張する。そして、本件運転免許停止処分が控訴人に対する起訴前になされたものであることはその処分の日と成立に争いのない乙第一号証の起訴状の日とを対照することによつて明らかである。しかしながら、道路交通取締法が公安委員会に対し運転免許の停止をなし得る権限を与えたのは、国家刑罰権の行使とは別個に、公安委員会に交通の安全を保持するため必要な処置を迅速かつ適正に行わしめようとするにあるのであるから、公安委員会(その委任を受けた者を含む)が刑事訴追の有無したがつて刑事上の責任の有無が確定されたと否とにかかわらず独自の立場で処分の前提となるべき事実を認定して行政処分をしたとしても少しも差し支えないものというべく、控訴人としてはこれに対し窮極的には行政訴訟を提起して裁判所の判断を受け得る途も開かれているのであるから、何等違法ではない。

その他本件処分にはこれを取り消すべき違法のあることを認めるべき証拠はない。

してみると、被控訴人のなした本件運転免許停止処分に違法な点があるとしてこれが取消を求める控訴人の本訴請求は理由がないからこれを棄却すべく、これと同趣旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない。

それで、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条を各適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 鳥羽久五郎 兼築義春 桑原宗朝)

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